さもない話

 「ふぅ~ん。アッそう!」程度の、さもない話で恐縮至極。出前公演の台本を自宅で広げていた時に、ふと…これは「稽古」か「練習」か?との些細な思いが芽生え、二つの熟語が頭の中でグルグル回る悪い癖が始まった。こんな具合に…「芝居の稽古。ゴルフの練習。」に違和感はなく、「芝居の練習。ゴルフの稽古。」だと腑に落ちないのは何故、などと。

 もう~止まらない。スッキリしたくて、広辞苑に手を伸ばす。すると、「稽古」は武術、遊芸などを習うこと。「練習」は学問並びに技芸などの上達を目標に繰り返し習うこと。とあり、意味に大差はないのであった。

 そこで、もう少し掘り下げて諸々調べると、「稽古」は一般的に指導者がついて行うのに対し、「練習」は1人でもできるという解釈に触れ、あぁ確かにと頷いた。

 加えて「稽古」の「稽」は「考える」を、「古」は「昔」を意味して、元来は「昔のことを調べ、今やるべきことを知る」という意味で、書物を読んで学習することを指していたものが、その後、芸事や武道を習うことを指すようになった由。

 それに対して「練習」の「練」は、「生糸から雑物を取り除いて良いものを選ぶ」ことを表して、「鍛える」「みがく」などの意味を持ち、「習」の字は、「重なり合う羽」「口」の象形から成り、「(繰り返し口にして)学ぶ」の意味を持つ由。

 ここまで調べて、「稽古」と「練習」以外にも、例えば「堅実」と「着実」・「習慣」と「慣習」など、世の中には類義語が数多ある。各々微妙な違いがあろうとも、TPOの流れのなかで使い分けているものだと妙に納得。

 そうこうしてたら、頭の中のグルグルも収まって、また台本に目を落としたという話。お粗末さま。
           アベ

出前公演ヨ~イドン!

 恒例の出前公演。スイカ・金太郎、両チームの希望を募り、二つの演目が決定して本読みがスタートしました。

◼️他人からの信頼が、悪意ある心さえも動かす様が描かれた、新美南吉の「花のき村と盗人たち」。(再演)

◼️正直であることの大切さを伝える、富安陽子の「タヌキの土居くん」。(初演)

 どちらも童話の世界。テーマが明確で子供達には伝わりやすく、楽しんで貰えることでしょう。そして我々に目を転じれば、「花のき村と盗人たち」では時代考証等を、「タヌキの土居くん」では動物への変身等を勘案しなければならず、役づくりは勿論のこと、今回の衣装選びはいつもにも増して難しくもあり、楽しみでもあるのです。

 公演場所の選定もこのコロナ禍で難しい中、エマさんとスイカチームのあささんの奔走で目処がつきそうとのこと。その尽力には、頭が下がります。

 新たな演目への着手に際して、配られた配役表。4年前の再演となる「花のき村と盗人たち」で、私は当時と同じ大工役。4年前の動画を見直すと、一本調子の台詞・力みかえった不自然な動き・意味不明のアヒル口の表情・取れていない間…etc.人生初舞台であったことを割り引いたとしても、我ながら目を覆うばかりのト・ホ・ホな惨状!

 せっかくの再挑戦の機会に恵まれ、ささやかにでも前回よりは成長をした姿で、と、臨んだ本読みで、早速、「もっと〝かしら〟に聞いて欲しくてたまらな~い感を出さないと面白くない!要研究。」と、エマさんからはガツンと一発。

 さて、出前公演は無料といえども、観客の貴重な時間を割くという意味では、間違いなく無形の有償公演。目指せ高い完成度…終演後の子供達の笑顔と拍手に、また出会えることを楽しみに。            アベ