明治の香り

記録的な猛暑が去り、過ごしやすい気候に移ろいゆく中で、11月の出前公演を控えた稽古場の熱気は、日ごとに高まっている。

今年の出前公演も、水曜チームと金曜チームが手分けして、児童館、学童クラブ、区民ひろば、夜間中学、保健センター、高齢者施設など、バラエティーに富んだ6ヶ所へ足を運ぶ。

毎年のことながら上演場所により、観客は子どもたちから高齢者まで幅広い。今年は、珍しく両チームで別々の演目を手掛けることとなった。それぞれ、明治生まれの〝小川未明〟や大正生まれの〝新美南吉〟の作品に静かに向き合っている。

いずれも舞台は日本が大きく変遷を遂げた近現代。「明治は遠くなりにけり」の言のとおりで、和洋折衷の装いに頭を悩ませる座員の姿が、そこここにあった。

日頃から感じていることだが、物の本にも、「演劇を含めたエンターテイメントとは、単に楽しいだけでなく、感情を揺さぶり、日常を忘れさせてくれるような体験そのものを価値として提供する。」とある。

幅広い年齢層の観客に、近いようで遠い「文明開化の時代の〝匂い〟」が届くような、晩秋のエンターテイメントを、今年も届けられれば幸いである。

アベ

スポットライトの向こう側

あれはいつのことだったろう?出前公演を控えたある日、エマさんが発した「演劇に触れる機会を持つ人は意外に少ない。かんじゅく座が初の観劇体験となった人に我々の舞台が響かなかった場合、大人でも子供でも、一生観劇をしなくなるかもしれないので、心して臨んでね!」の言葉が強く印象に残っているのです。かくゆう私も、入団していなければ、演劇への興味など湧かずに過ごす日々だったことでしょう。

劇場という非日常の空間に集うお客様は、出前公演でも劇場公演でも多士済々。

最初は、「学芸会の延長線程度だろう!」とたかをくくって足を運んでくれた数多くの友も、かんじゅく座の舞台がささやかにでも心に届き、以降毎年足を運んでくれているのは嬉しい限りです。

舞台で躍動する我々の頑張りに目を見張ったり、純粋に物語に入り込んだり、冷静な批評家目線だったり。そしてたまには、自身のシニアライフの〝歩み方探し〟の参考にと来場している方も…いずれにしても、追って寄せられる感想は、称賛であろうが厳しかろうが、どれもが次への糧になるのです。

舞台の上では、概ね視線は演者同士の対話に終始しています。しかし、時に身体を開いて客席に正対するとき、眩しいスポットライトの向こう側の客席は真っ暗闇。そんな見えない客席にあるあまたの瞳に〝思いよ届け!〟と、気持ちを乗せている自分がいます。

幕が降りれば、皆はまたそれぞれの日常への帰路につき、残る劇場は再び静寂に包まれることを考えると、この空間での一期一会の妙を感じ、舞台は生物であることを再認識。これは貴重な一瞬だ!と、毎回、大切に、大切に、の思いが、スポットライトを浴びているさなか、押し寄せてくるのです。

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